今日は、自分のライフテーマの一つにしている「エゴを癒す」について、考察してみたいと思います。
結構重要な実践テーマやで!
「エゴ」を辞書で見ると?
広辞苑第4版をめくるとこう書いてあります。
【エゴ・ego】(ラテン)私の意
①自我。我。
②エゴイスティック・エゴイズムの略
なるほど! ラテン語の段階では、「エゴ」は「I 私」のような使われ方をしており、それ以上でも以下でもない。ただ「私」なようだ。
そこから「エゴイズム ego ism」に派生するとどうなるか?
【エゴイズム egoism】
利己主義、主我主義、自己中心的、利己的、自分本位
という派生になる。
この辺りはイメージしやすいよね。
「あいつエゴだよなー」って表現する時は、「俺が、俺がを主張して、"自分本位"に"利己的"に、何かを欲する状態」に、関係者がストレスを感じて揶揄してるわけですね。
エゴ的ってどんな状態?
では、エゴ的な行動ってなんだろう?もう少し噛み砕いてみよう。
参考までに、チャッピー(ChatGPT)に「エゴの考察」と入れただけで、下記が出てくる。整理が早い!!!
エゴに関する考察
エゴ(自我)は、私たちの意識の中で自己を識別し、世界との関係性を築く重要な役割を果たします。しかし、エゴが過剰になると、それが執着や苦しみの源となることもあります。ここでは、エゴの本質とそのバランスについて考察していきます。
1. エゴとは何か?
エゴは、自分という存在を認識し、個別のアイデンティティを持つ意識の側面です。心理学的にはフロイトが提唱した「自我(Ego)」に基づく概念として、「イド(本能)」と「スーパーエゴ(超自我)」の間でバランスを取る働きを持ちます。一方、スピリチュアルな視点では、エゴは「分離感」を生み出すものとされ、個としての自己意識が宇宙や他者との一体感を妨げる要因となると考えられています。
2. エゴのプラス面
エゴは完全に否定されるべきものではなく、適切なバランスが取れていれば、人生を前向きに進めるエネルギーとなります。例えば、以下のようなプラスの影響があります。
- 自己成長の推進力:目標を持ち、達成するための意欲を生み出す。
- 自己防衛:危険を察知し、自分を守る役割を果たす。
- 個性の確立:自分のアイデンティティを確立し、独自の表現を生み出す。
3. エゴがもたらす弊害
一方で、エゴが肥大化すると、以下のようなネガティブな影響をもたらします。
- 執着と苦しみ:物質的な成功や人からの承認を求めることで、満たされない感覚が続く。
- 比較と競争:他者と自分を比較し、優越感や劣等感に苦しむ。
- 恐れと分離:自分と他者を対立させ、孤独感を生み出す。
4. エゴのバランスを取るには?
エゴは完全に消すべきものではなく、意識的に調整することで、より自由で平和な生き方が可能になります。そのための方法として、以下のようなアプローチが有効です。
- マインドフルネスと瞑想:エゴに振り回されず、今この瞬間の自分を観察する。
- 利他の精神:他者への奉仕や感謝を意識することで、自己中心的な思考を緩和する。
- 本当の自己(ハイヤーセルフ)とつながる:物質的なものではなく、魂の視点から自分を見つめる。
5. エゴの進化と「愛と光」へのシフト
エゴは単なる「悪」ではなく、私たちが成長し、学び、変容するための重要な要素です。しかし、エゴを超えた視点に立つことで、「愛と光」に基づいた生き方へとシフトすることができます。これは、単にエゴを否定するのではなく、自己と他者の幸福を調和させながら進化する道です。
結論
エゴは人生の舵取りをする意識の側面であり、適切に扱うことで私たちの成長に貢献します。大切なのは、エゴに振り回されず、そのエネルギーを創造的に活用すること。自己と他者、個と全体の調和を意識しながら、より自由で愛に満ちた生き方を目指していくことが重要です。
もうすでに、だいぶ整理がついてしまっているが、続けてエゴ的な行動をリストにしてもらう。
エゴ的な行動・社会におけるエゴの例(10個)
- 自己中心的な決断
- 他者の意見や感情を考慮せず、自分の利益や都合を最優先する行動。
- 例:「自分さえ良ければいい」という考えで、ルールを無視して行動する。
- 比較と競争への執着
- 他人と常に比較し、勝ち負けにこだわることで満足を得ようとする。
- 例:SNSで「いいね」の数を競い、他者よりも優れていることをアピールする。
- 過剰な承認欲求
- 他人からの称賛や評価を必要以上に求め、行動の動機が承認されることに依存する。
- 例:実力よりも「評価されること」を優先し、目立つ行動ばかりをとる。
- 支配欲とコントロール願望
- 他人を支配し、自分の思い通りに動かそうとする傾向。
- 例:職場や家庭で権力を振りかざし、相手の意見を無視する。
- 責任転嫁と自己正当化
- 失敗や問題が起こったときに、責任を他人に押し付けたり、自分を正当化する行動。
- 例:「自分は悪くない、状況が悪かっただけ」と考え、成長の機会を逃す。
- 利己的な消費と環境破壊
- 自分の欲望を満たすために、地球環境や他者への影響を考えずに消費を続ける。
- 例:ファストファッションや大量消費文化に依存し、持続可能な選択をしない。
- 過度な防衛心とプライドの高さ
- 批判や意見に過剰に反応し、自分を守るために攻撃的になる。
- 例:間違いを指摘されると素直に認めず、言い訳や反論で相手を打ち負かそうとする。
- 権力や地位に対する執着
- 役職や名声にこだわり、社会的地位を上げることが人生の目的となる。
- 例:地位を守るために不正を働いたり、他人を蹴落とす行為をする。
- 排他的な態度と差別意識
- 「自分の属するグループが正しい」と考え、異なる価値観を持つ人を受け入れない。
- 例:国籍・性別・職業などで人を判断し、偏見を持って接する。
- 愛や親切を条件付きで与える
- 自分が得をする、または見返りが期待できるときにしか人を助けない。
- 例:「この人に親切にすれば、後で何かメリットがある」と計算して行動する。
結論
エゴ的な行動は、個人の成長や社会の調和を妨げる要因になり得ます。しかし、エゴ自体を否定するのではなく、それに気づき、意識的にバランスを取ることが大切です。社会全体が「利他の精神」や「共感力」を育むことで、より調和のとれた世界を築くことができるでしょう。
ここまでくるとどうだろう。大なり小なり、自分の内側に「エゴ」が存在しているなぁ。ということに気がついてくる。
個人的には「俺が俺が」な明らかなエゴ状態より、「意識高い系」にこびりついたエゴの方がタチが悪いと思う。(自分のことね)
それはまるで、骨に張り付いた筋膜のように、、、一見すると、いいこと言っているようで、結構承認欲求的行動だったりするわけだ。でも一見はいい人だから、周りも社交的にそっちに合わせるからね。これを剥がす時って力技だと痛いよねぇ・・・・😭😂
無理に剥がそうとすると「痛えだろこの野郎!!!」って防衛本能で反発されるしね。
マズローの欲求階層とエゴ
さて、続いて有名なマズローの欲求階層とエゴを見てみよう。
少しアレンジして、欲求階層の先にある世界を探求してみることにした。
1〜5の階層においては、あーあるよねーって感じでイメージが掴みやすいと思う。
そして、6段階目にあたるだろうか。自己超越的な階層にひもづくエゴ。これはこれで、奥深い。解放しがいのあるテーマだったりする。
この領域のエゴが残っているかどうかが、「意識高い"系"」と「意識高い」 や「スピリチュアル」と「スピ"系"」の差だろうなーと感じる。
私は、紛れもなく「意識高い"系"」で、「スピ"系"」だっただよ😂 今はどうかって??あいたたた😇

もっと簡単にいうとこんな感じだろうね。あーやってるやってるーーー。
プライド高い、相手のものを見て羨ましがる、自分の知識や経験で相手を判断する、負けを認めたくない、他人の成功を素直に喜べない、自分の価値観を押し付ける、常に正しくありたい、謝るのが苦手、目立ちたがる、自分の話ばかりする、他人を支配しようとする、評価を気にしすぎる、相手の間違いを指摘したがる、人と比較して落ち込む、感謝の言葉を言わない、人の成功を妬む、すぐに怒る、他人の欠点ばかり目につく、見返りを求めて親切にする、自分のルールを押し付ける・・・
誰しも大なり小なりあるよね。でも、個人におけるエゴの発露は確実に無くなっていく。僕はUEでそれを強く体感した。
でさ、今の社会的な環境って、まだまだ結構1〜4に依ってると思うんだよねぇ。。。
なんでだろうね?
現代社会の中にみるエゴってどこからきてんの?
前章で見たように、今の社会ってまだまだ、階層の低い【欲求】に捉われているなぁと感じる。
その根本には「足りない」という感覚がこびりついているからだろうか?
妖怪タリナイーズはいろんなところで顔をだす。
社会の評価軸が、テストの点数とか、偏差値とか、営業成績とか、生産性(コスパ)、KIPとか、、、いろんな指標がありますね。そんな感じで常に比較するようになっているからだろうか?
自分じゃない何かと比較して、常に優劣を付けられ、劣っている面ばっかりを指摘されるんじゃねぇ。
なかなか【満たされる】という感覚を味わう機会がなさそうだ😢 (【満たされる】は、お腹いっぱいとは違うぜ?)
人類よ【実は満たされていた】ことにそろそろ気づいてみようぜ!!!
地球文明がエゴから・・・に進化するために?
ここで、一度<地球視点>で見てみよう。
宇宙船に乗って、空からニンゲン(自分)を俯瞰してみてみる感じだ。
ちーっぽけな人間。アリンコサイズ。ミヂンコサイズ。お隣同士で歪みあって、不平不満を漏らして、愚痴って、あの人の〇〇が羨ましい!ってね。
もっと豊かな暮らしを!もっと地位や名声を!もっと業績を上げてボーナスをもらおう!もっとフォローワーを稼いで、いいねをして欲しい!・・・もっともっとゲームの先にあるものは・・・???
どうしたら、この「もっともっとゲーム」から抜け出せるだろうか。
そこには「大調和=大和」という感覚を、文化の中か、はたまたDNAに織り交ぜた、だいぶ西洋化してるけど、それでも期待値が高そうな民族から学ぶのが良いんじゃないかと思う。
【祈りとは自己との対話である】という言葉が思い出される。
癒しとは何か?
ここで、「癒し」という感覚を探求してみたい。
「癒し」を辞書で引くとこうだ
【癒し・いやし】 病気や傷をなおす。飢えや心の悩みなどを解消する。
正に、「心の飢えを【癒す】」ということが、エゴを癒すということのように感じられる。
カタカムナで音を読み解くとこんな感じだろうか。

余談だが、「いやし」と「弥栄(いやさか)」というのは音が近い。これをカタカムナで読み解くと次のようになる。弥栄。いい言葉です。
「エゴを癒す」というライフテーマ
個人レベルで見ても、人類レベルで見ても、「エゴ」というのはまだまだ社会にこびりついている想念(あるいは因縁?)のようだ。
「エゴを癒す」というテーマについて呟いていたら、とある人からこんなコメントをもらった。
「エゴ」という言葉を使うと、それだけで「エゴは悪いこと」という既成概念の枠から外れにくくなってしまう感じがしています。
便宜上、そういう言葉を使わざるを得なかったり、なかなか適切な言い換えが見つからなかったりすると思うけど、皆が当たり前と思っていることを、「それは本当は当たり前じゃないのでは」と問いかけるところからパラダイムシフトが起きたりもするんじゃないかなーと思います。
「エゴは悪いのか?」というと、全然そんなことはないと思っていて、エゴ的である時期があり、エゴ的な社会である文明があり発展してきた恩恵があるわけです。特に現代日本において、とても豊かな生活を享受している身として、そこには本当に感謝したい。
でも、本質的にはそうじゃない価値観を心の片隅のどこかで感じているから、人は時に揺さぶられるのだと思う。まぁ実際、社会が▲(極端なピラミッド)になり、バランスが崩れているから自然発生的に▼(創造の為の破壊)が生じて、✡️あるいは☯️を経て、◎に向かおうとしているんだよね。
というか『「エゴは悪いこと」というのが既成概念で、その枠から外れにくくなってしまうのでは?』なんて言い方をしている人って、すでにその価値観から抜け出している人だからね(きっと)。気づきを与えてくれてありがたいね。
自己主張や成果主義というthe EGO社会で戦ってきた戦士が、一元の愛や悟りに向かって変容を求める時には、癒しが必要なんだと思うんだよねー。母性に抱かれるとほんの少しでも心が和らぐから、男は何歳になってもおっぱいが好きなんだ!(なんの話?)
エゴegoとエコecoって紙一重
さぁ、ここでは言葉遊びのようだけど、エゴegoとエコecoという音の違いを見ていこう。
「エゴego」はラテン語がベースとなっている。一方で「 「エコ eco-」 は、ギリシャ語の 「οἶκος(oikos)」 に由来し、「家」や「環境」 を意味します。この接頭辞がつく単語は、主に 環境・生態系・持続可能性 に関連する意味を持ちます。」と出てくる。
カタカムナ的に読み解くと、エネルギーベクトルの違いがよくわかる。
大事なのは、<内側=心=意識>の状態で、そのエネルギーが世界に反映されるよ!ってことだろうね。
日本語の自我(ジガ)

ラテン語のEGO(エゴ)

ギリシャ語のECO(エコ)

エゴの横に廻向(えこう)があるのって面白いよね
辞書をめくっているとエゴの隣に「廻向(えこう)」と載っている。これは仏教の言葉だ。
辞書でみると
【廻向・えこう】自らの収めた功徳を自らの悟りのために、または他者の利益のためにめぐらすこと。
【廻向発願心】自分の修めた善根・功徳を振り向けて、浄土に往生しようと願う心。
とある。
ここでもカタカムナ的に読み解くとこんな感じだろうか。

音霊(言霊)は、波動でありエネルギーなので、おそらく多くの人々がそう感じることとして文化の中で生き残ってきた。
エゴ・エコ、そして、思いがけずエコウを感じてみる機会となった。
最後に
いかがでしたでしょうか。
「エゴを癒す」というのは、個人的にも社会(集合意識)的にも、とても重要な側面を持つと思っています。
個人のエゴにスポットライトを当てて、そこからの変容プロセスをできる限り赤裸々に分かち合ってみようと思っています。
なぜか? みんなもっとらくーに軽ーくそして、本質的に生きられる世界が創りたいからです。